少年おやじ投稿日:2009-11-19 Thu

( チチェン・イツァー / メキシコ・ユカタン半島 )
( 久しぶりのメキシコ話です。)
16日から20日まで独立記念日を挟んだ4日連休に、カンクンへ行ってきました。
カンクンは、カリブ海に面したユカタン半島にある砂州をメキシコ政府肝いりで開発した巨大リゾート。年間240日の晴天と平均気温27度は、12月から4月にかけてがトップシーズン。この間、ホテル代は暴騰し一泊4万円というところもざらにあります。
プラネット・ハリウッドやハードロック・カフェもあり、キング・バガーも5カ所も数え、そこはメキシコの中のアメリカといった雰囲気です。
アメリカからの観光客は直行便でにカンクンに入ることができるため、当然のことながら物価も高く、お土産なども他の観光地の倍以上していました。
今回の計画では、二日目にチチェン・イツァーの遺跡を見学して、三日目はトローリング、四日目にゴルフをやるという「11PM」( 古いなァ ) もどきの超豪華ツアーの予定でした。が……
フロリダ半島沖の台風の影響で、三日目からは終日雨。
チチェン・イツァーだけは日本人のガイド付きで行きましたが、あとは終日モール見学という物足りないツアーとなりました。
それではということで、最終日にヘリコプターに乗って空からカンクンを見ようと思い、「歩き方」に掲載されている事務所に行くと、事務所はとうに閉鎖され最後の楽しみもなくなってしまいました。
チチェン・イツァーは、カンクンから亜熱帯のジャングルを切り開き、200キロ走ったジャングルの中にありました。ピラミッドはメキシコシティのテオティワカンのそれより、形も良くて積み上げた白い石が神秘的。
チチェン・イツァーへ参加しなかった同僚は、イスラ・ムヘーレスへ行きましたが、そこのビーチはヨーロッパからの観光客が多く、なっ、な、なんと、ほとんどの人がトップレスだったそうな。
3日目の夜に食べたイタリヤ料理がバカうま。
レンガの釜で焼いたピザは、とても美味しく、翌日にまた一人で食べに行ってしまいました。(99/09/26)
少年おやじ投稿日:2000-08-10 Thu

1998年より二年間仕事の関係でメキシコの片隅に滞在しておりました。当時、休日に旅行した観光地や現地での生活の一端を紹介します。
尚、紀行文は98年当時ニフティ・サーブ「メキシコ会議室」へ登録したものを全面改稿して掲載しております。
参考資料
「アステカ文明の謎」 高山智博著 講談社現代新書
「概説メキシコ史」 国本伊代・畑恵子・細野昭雄著 有斐閣選書
「メキシコからの手紙」 黒沼ユリ子著 岩波新書
「メキシコの輝き」 黒沼ユリ子著 岩波新書
「メキシコ革命物語」 渡辺建夫著 朝日選書
「メキシコの大地に消えた侍たち」 大泉光一著 新人物往来社
「地球の歩き方/メキシコ」 ダイヤモンド社
「メキシコ」 近畿日本ツーリスト
少年おやじ投稿日:1999-11-07 Sun

連休に太平洋岸のマンサニージョへゴルフツアーに出かけました。
最初に行ったのは、マンサニージョから一時間ばかり南に下って半島に突き出た「ISLA NAVIDAD イスラ・ナビダ」(クリスマス島)というゴルフ場。クリスマス湾に挟まれたコースを海に打ち出す爽快なゴルフ場です。
しかし、腕が未熟なのと蒸し暑くて汗は流れっぱなし。なくしたボールの数を悔やみながら後半は肩で呼吸しながらの一日目でした。
まさにゴルフは格闘技。でも、クラブハウスで昼食に食べたステーキのその美味しかったこと。メキシコに来て初めての美味なるステーキでした。
ホテル「LAS HADAS ラス・ハダス」(妖精)は連泊した最終日のホテル代が無料。その上、ホテルのゴルフ場はゴルフ代が一部屋につき一人無料ということ。さらに、工事で閉鎖されているホールがあったので何回やってもいいとのこと……これって、いい加減なだけなのかな。
ここの最終ホールは断崖絶壁から海に突き出たグリーンにオンさせる豪快なホール。右手は小さな湾になっていて、海水浴客やジェットスクーターが走り回り、左手には小型のクルーザーが走っています。グリーンまでの距離は160ヤード。
かけ声をかけて、オイラはやっと三打目にしてオンしました。まさに「プロゴルファー・猿」を地で行くようなホールです。
帰りにスピード違反で州警察に捕まってしまい、パトカーの後部座席に乗せてもらっての記念撮影。きっと、お馬鹿な日本人と思われたことでしょう。
助手席には鈍く光るショットガンがあったのには驚きました。あぁ、ここはやっぱりメキシコだっ。 (991107)
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少年おやじ投稿日:1999-01-10 Sun

人間生きていて頭が真っ白になることはそうそうありませんが、先日久しぶりに日本へ帰ったとき、頭が真っ白になる大事件に遭遇しました。
それというのも、メキシコシティから乗ったロサンゼルス行きの便が濃霧により、ロス空港に着いたのは、成田行きの便が出発する直前。
乗継ぎ客数人の中ではオイラが一番若く、中には相当高齢な女性の方もおりました。
機体が空港に着陸すると、乗継ぎの客を一般客より先に降ろさせてくれ、開いたドアのそばには乗継ぎの便まで案内してくれる空港職員が待機していました。
「早く、早く」という職員にせかされて、機内からでてきた客は長い廊下を職員とともに走ります。
いつものトランジットルームとは違う通路をオイラが先頭になって走り、息が上がってきたころ振り返ると、ほかの客は数十メートル遅れて一生懸命に走ってくるのが見えました。
「ここです」といって案内の職員が立ち止まり、ドアを開けると、もうそこはボーディング・ブリッジ(蛇腹の搭乗橋)。ブリッジの中ほどには数人の男性職員が背中を向けて立っていました。
男性職員の背中越しには機体ドアの奥で客室乗務員が手招きするのが見えます。いつもと違う雰囲気を感じましたが、遅れてきたこともあり男性職員の前へと進みました。
先ほど気がつきませんでしたが、機体のドアをよく見ると若い女性があらぬ形相でドアにしがみつき泣き叫んでいます。その横で男がドアから女性を引き剥がそうとしていました。
呆気に取られてうしろを振りかえると、先ほど背中を向けていた職員の一人は、頭から血を流している長髪の男を床に組み伏せ、ほかの職員は両手で拳銃をもち、引鉄に指をかけオイラの方へ向けています。
「ぎぁ〜〜ぁ」マンガならばこんな感じ。でも、不思議と声がでません。
何事か理解できないオイラの頭はからっぽ、怖くて口の中はカラカラ。
そう、オイラは銃を向けている職員と、機体のドアにしがみつく女性の真ん中に立ってしまったんです。(笑……ごとじゃない)
ドアにしがみつく女性の後ろから「こっち、こっち」という客室乗務員の声で我に返り、女性の横をすり抜けて一目散に機内にとび込みました。
座席に着くと、今見た銃口の大写しが頭から離れず膝が震えてきました。もちろん、その便がいつ離陸したのかも分かりません。飛行機は遅れましたが、何事もなかったように成田に到着し、入国審査に向かう通路では韓国のテレビクルーが乗降客に向かってカメラを回していました。
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少年おやじ投稿日:1998-12-08 Tue

今週の日曜日にちょっと珍しいものを買いました。会社に出勤したあと近くのモールへ行き、ジーンズを探していたら「ゴジラ2」というビデオを見つけました。
ハリウッド版「ゴジラ」は今年の夏に公開され、そのデザインなどが新聞などで取り上げられていました。日本製ゴジラと比較して賛否両論あったのが記憶に残っています。
オイラも市内の映画館でこのハリウッド版を見た後、ビデオが110ペソ(約1500円)で売りだされていて安かったので、こちらも買って二回ほど見ました。
さて、「ゴジラ2」。
東宝映画の「ゴジラ対ビオランテ」がスペイン語のパッケージに入って「ゴジラ2」という題名で売っていました。
日本語の字幕スペイン語版だろうと思い「こりゃあスペイン語の勉強になるぞ」と、考え40ペソ(約700円)という値段の安さも手伝って買い求めました。
これが不思議なことに英語に吹き替えられていて、スペイン語の字幕がついていたのにはびっくり。役者の高島政伸に限らず、高橋幸司までがバリバリの英語でしゃべっています。
これには結構笑えました。どこの国も考えることは同じのようです。
ハリウッド版「ゴジラ」の方に、もしも続編が製作されるとしたら、はたして何という題名になるのでしょうか?
笑えたのは最初だけ、その内容のつまらなさに見ていて眠ってしまいました。わはははは。(981208)
ウィキペディア ( メキシコ )
地球の歩き方
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少年おやじ投稿日:1998-10-24 Sat

一昨日、健康診断がありました。
日本人医師夫婦が開業している病院へ行き、日本と同様の健康診断を受けました。
しかし、検査のほとんどはメキシコ人医師が行い、医師によっては日本語を話してくれる先生もいれば、スペイン語だけの先生、英語で話してくれる先生と検査項目ごとに異なる言葉で検査を受けました。その度にオイラの頭は「?」だらけ。
傑作なのは、三日分の検便の容器が検査前日の夕方に届いたこと。本来、三日前から準備してこれを持参して行かなければならないのだけど、なにかの手違いで前日の夕方に届きました。
「バアーロ、てめェー。どうやって三日分を一日で持って行くんだ。俺に寝ねェでトイレに入っていろ」って、いいてえのか。クソッ。
メキシコって……とてもいい国です。ははははっ……うーっ。
診断結果は、二十九日にでるそうですが、これが違った意味でまた楽しみです。なんせ、聞いた話では、骨折しただけで足を切断してしまう国だそうで……真偽のほどは分かりませんが。(981024)
在日メキシコ大使館(日本語)
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少年おやじ投稿日:1998-09-27 Sun

写真の人が何をしているのか分かりますか?
彼は、乞食でも用を足してるのでもなく、炎天下に会社の前のバス停で定期バスを待ってます。バスは時刻表などありませんが、彼は来るハズの来ないバス(?) をバス会社へ通報するため、こうして一日中待っています。
話は変わって、この間街のスーパーへ行き、料理に使う計量カップを探しました。何軒かのスーパーを車で回りましたが、どのスーパーにも在庫がなく、市内にひとつだけあるデパートに一個だけありました。
計量カップがないくらいなので、「計量さじ」はどこを探しても見当たらず、会社のメキシコ人の女性に聞いたら、そんなものは使わないでもおいしい料理はできる。と、自慢げにいっていました。
だから、大味なんだ。と、いいませんでしたが……。
実際、日本みたいに痒いところに手が届くような物はここメキシコでは見かけません。物にかぎらず社会の信頼関係もあまりないので、バスを見張る人がいるのでしょう。だから契約社会なのかも知れませんが。
実際に、オイラがこの半年間で目にした裏切り者たちは、
磁石のつかないホワイトボード
紙の綴じられないホッチキス
蠅のつかない蠅取り紙
蝿の死なない殺虫剤
役にたたないハエたたき
八分袖になる半袖のスポーツシャツ
修理しても水が漏れる浴槽
臭いだけで汚れの落ちない洗剤( 洗濯機 )
半日で硬くなる柔らかいパン
給油キャップを忘れるガソリンスタンド
釣り銭を間違える売り子
ったく、なんていう国なんだ。くそ〜っ。
すみません。ついつい興奮してしまいました。(笑)
でも、これを楽しむくらいでないと日常生活ではノイローゼになってしまいます。ハハハハ。(980927)

( 何で来たんだヨー。とでもいっているのでしょうか )
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少年おやじ投稿日:1998-09-02 Wed

ご存知の方もいると思いますが、60年代中頃、毎週土曜日の午後三時からフジテレビで「ビートポップス」という番組を放送していました。
大橋巨泉の司会に星加ルミ子、木崎義二が出演していてポップスのベストテンを聴かせる番組でした。さすがに音楽だけでは絵にならないとみえ、藤村俊二がオリジナルステップを振付け、小山ルミや杉本エマがミニスカートで踊るのをローアングルのカメラで撮っていました。
イベントなどでメキシコ人が、集団で必ず踊りだす音楽にCaballo Doradoの「No rompas mi corazon」という曲があります。なぜかそのステップが当時の「ビートポップス」のステップにとてもよく似ています。
昨日は、このステップをカッコ良く踊る会社の同僚のメキシコ人の結婚式に行ってきました。
式場は新郎と新婦がカトリックとプロテスタントという宗派の違いもあり、教会ではなく大きな屋根のあるガレージみたいなレストランで行われました。もらった招待状には、式の開始が午後六時半からと書いてあるのに、定刻に集まったのは新郎新婦とその両親。オイラを含め10人あまり。
神父さんのかわりに、普段着の中年女性の前で新郎新婦が結婚届けにサインして、指輪の交換のあと披露宴が始まりました。
九時近くになって招待客のほぼ全員が揃いましたが、その間に出てきたのはコーラとジュースとテキーラだけ。生バンドが奏でる大音響の中、参加者はめいめいダンスを踊りっぱなし。
十時近くになって出てきた食事が、プラスチックの小さな皿の上にスパゲッティとジャガイモを揚げたものと鶏肉だけ。日本の結婚式の豪華さが異常に思えるほど質素なものでした。
招待客のダンスは延々と続き、十一時半になっても終わりそうにないので、オイラは途中で帰りましたが、いったい何時に終わったのでしょう。
その夜、アパートに戻ったオイラは、空腹のあまりインスタントラーメンを作って食べました。
(980902)
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( 藤村俊二の振付けとよく似たステップの歌と踊りが見られます )
"No rompas mi corazon / Caballo Dorado" / YouTube
少年おやじ投稿日:1998-08-02 Sun

メキシコではじめて現像に出したフィルムを取りに写真屋さんへ行きました。
セントロにある写真屋さんにフィルムを持参したのが午前10時。
心配だったので、リバーサルフィルムの現像ができるかを聞きいたところ、店の主人は
「問題ない、色もバッチリ。午後1時にでき上がる」といって、わざわざ富士フィルムの現像機を見せてくれました。
映画を観た帰りに、もうできているだろうと店に寄ったのが午後6時。
店の主人は「あと、30分ででき上がる」と、いったので時間潰しに近所の店を覗いていました。
その後、指定の6時半に行ってもまだできず、店の中で待つこと1時間。7時半になってやっとできあがりました。
「ムイ・タルデ」 (チョー、遅せェ ! )
オイラは主人に文句いって帰りました。
メキシコに来て、何度この言葉をいったでしょう。3月に観戦したメキシコリーグのプロ野球開幕戦では、午後6時開始予定が始まったのが午後9時。しかも、客のブーイングでやっと始まる具合です。
だいたい、会社のメキシコ人も集合時間を家をでる時間と思っているらしく、家で飲会をしても時間通りに来たためしがありません。
現像の値段は日本より300円ほど安かったのですが、家に帰ってみるとマウントがちょん切れていたり、色がセピア色に変色してたりと散々でした。(980802)
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少年おやじ投稿日:1998-08-01 Sat

( グアダラハラ市内 )
夏休みに行ったミチュアカン観光の続きです。
で、旅の最後はグアダラハラ。
パックアロからモレーリアへ引き返し、グアダラハラまでは350キロ。
パックアロのホテルでは持参した炊飯器で飯を炊き、タマネギ入りのミソ汁で久しぶりの日本食にありつきました。
グアダラハラへ向かう途中の高速道路は、来たとき同様にアクセルは踏みっぱなし。
前も後ろも車はなく、下り坂で踏み込めば時速200キロ近くを出すことも可能です。でも、350キロはさすがに疲れました。
グアダラハラはハリスコ州の州都で人口も400万人(当時)を数えメキシコシティに次ぐ大都市です。
グアダラハラのホテル「カルトーン」に着いた時には膝と腰はガクガク。昼食を食べたあとさずがに観光に出かける元気はなく、ホテルで昼寝。夕方になってやっとホテルを抜け出しました。
初めにセントロに向かい付近のカテドラルを見ていると、あるではありませんか。
馬車です。馬車。後ろに幌付きの荷台をひいた西部劇に出てくるような馬車が、白いペンキで装飾され通りのはじを走っています。これに乗らない手はありません。
翌日はさっそく馬車に乗って観光しました。市内の各所を回り120ペソ。(約1800円) 少し高い気がしましたが、まあいいでしょう。
ハリスコ州庁舎とカバーニャス孤児院でオロスコの壁画「立ち上がるイダルゴ」と「炎の人」を見学して、昼過ぎにグアダラハラを発ちました。(980801) 立ち上がるイダルゴ
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少年おやじ投稿日:1998-07-31 Fri

( パツクアロ湖 )
さて、三日目。宿泊したホテルは「ポサダ・ドン・バスコ」。コロニアル調のホテルは部屋も広く、手入れがなされた中庭の芝の緑は目にまぶしいくらい。
ホテルの中には遊戯施設があり、ビリヤード、卓球、ボーリングができます。ボーリングは投げた玉を係員が拾いに行き、倒れたピンも係員が直すのには笑ってしまいましたが……。
朝食を食べたあとに向かったのはハニッツオ島。パックアロ湖に浮かぶ小さな島で、40分ぐらい船に乗って行きます。この島は、タラスコ人が独特の網を使った漁法で湖の魚を捕るのが有名。その様子は、この国の50ペソ紙幣に使われています。
船が桟橋に着く前、観光用に現れた小さな船でこの漁法を見せてくれました。もちろん終わったあとのチップの要求は忘れません。
桟橋で船を下りると島の頂上へ行く階段があり、その両側にはタラスコ人の土産物屋がひしめいています。民族衣装を着たタラスコ人たちは観光で潤っているのでしょうか、先住民の悲惨さは見られません。
階段は急なうえに長く続いていて、途中何度も休みながら登りました。頂上にはモレーロスの大きな像があり、そこからは島全体と湖が見下ろせます。
次に行ったのはパックアロの街はずれにあるツィンツンツァンとキロガの村。ここでも土産物屋が通りの両側にあり、先住民の作った土産を売っています。
ツィンツンツァンでは村のはずれに湖を見下ろすようなピラミッドがあり、ちっぽけな博物館も併設されていました。
ハニッツオ島で急な階段を登ったためか足が痛いのと、疲れていたのでホテルへ戻って休憩し、昼寝をして眼をさますと外も暮れかかっていました。
ホテルは前日と同じ「ポサダ・ドン・バスコ」。(980731)
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少年おやじ投稿日:1998-07-30 Thu

( ツアララクアの滝 )
さて、二日目はモレーリアを出発し、パックアロを経由してウルアパンまでの120キロ。
モレーリアの街はずれから緑が急に多くなり、樹木も大きなものが目につきます。樹木のないアグアスから来ると、その風景は日本の軽井沢に似ていて郷愁を感じます。
ウルアパンではパリクティン火山の噴火の跡を見るため、ウルアパンから34キロ奥に入った先住民タラスコ人の村を通りました。
村の入り口では一人の男が立っていて、男の案内で噴火の跡を見下ろす観光施設まで行きました。村には派手な色のブラウスにスカートの民族衣装を着たタラスコ人の女性が、粗末な家の前にたっています。
火山灰に埋もれた教会を見て、来た道を引き返しツアララクアの滝へと急ぎます。ツアララクアの滝は「歩き方」にたった3行の紹介きりありませんでしたが、今回の旅行で一番印象深いところでした。
滝つぼまでを歩くと15分かかりますが、馬に乗って滝つぼまで降りていきます。
オイラも生まれて初めて馬に乗りました。手綱は案内人が持ち、鞍の上にある突起物を手で持ってゆっくり急斜面を下りて行きます。
道はぬかるんでいるので確かに徒歩では下りられません。数分もすると馬の動きに体も合ってきて、自分が映画のインディー・ジョーンズになった気分。
凄い水量の滝と筋になった滝が何本もありました。写真を撮ったあとまた馬に乗って、もと来た道を引き返しました。
馬は乗っている間おとなしく、何匹ものハエがたかっても体の筋肉をブルブル動かすだけで、嘶きもしません。
最後にウルアパンの町へ行って市場を散策し、土産物屋を冷やかしてパックアロへ戻りました。(980730)
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少年おやじ投稿日:1998-07-29 Wed

夏休みを利用してミチュアカンへ行ってきました。
アグアスカリエンテスを出発してモレーリア、ウルアパン、パツクアロ、グアダラハラを観光したときの記録です。
とにかく、大陸は広くて感動ものです。最初に行ったのはレオンを経由してのモレーリア。自宅のあるアグアスカリエンテスから320キロの距離があります。
高速道路の料金が庶民生活に比べて高いのでしょうか。高速を走っている車はほとんどなく、道路は一直線でときどき長い坂のアップダウンがあります。その道を時速140キロで走り、アクセルは踏みっぱなし。下り坂ではメータの針も200キロを指しました。
「歩き方」によれば、モレーリアは人口76万人のミチョアカン州の州都。1541年にコロニアル建築の町が造られ、メキシコ独立戦争の英雄モレーロスの生まれた場所として命名されたそうな。
ソカロの周りは中世スペインを思わせる建物が多く、カフェテリアで食べたチーズたっぷりの肉料理は久しぶりに美味しかった。
昼食を食べていると荷台に人を乗せ観光用に走る自転車が通ります。あるんですね、ベトナムで乗ったリキシャに似たやつが。こちらのは三輪でなく、二輪の荷台を自転車でひく四輪車。
食事の後にさっそくホテルの受付で乗り場を聞いて行ってみました。
「サンフランシスコ教会」をまわってもらい「モレーロスの生家」の前で写真を撮り「甘味市場」まで25ペソ (約370円)。
ホテルへ戻って夕食を食べ、腹ごなしにソカロの露店を冷やかしていると、昼間乗った運転手の自転車が客も乗せずにやってきました。
もう一度交渉して「水道橋」まで行き、時計を見たら夜の10時。その足でホテルへ帰りました。
甘味市場では「カモテ」という日本でいうなら「芋ようかん」の10本入りと、石でできた「ドミノ」をお土産に買いました。(980731)

少年おやじ投稿日:1998-07-12 Sun

( サカテカス )
日本人二家族とメキシコ人の総勢11人、車3台で北にある隣町サカテカスへ行ってきました。
サカテカスは16世紀からメキシコいちの銀鉱として栄え、メキシコ革命の舞台ともなった町です。この街へは前にも何度か行ったことがありますが、ブーファの丘や鉱山跡など見所の多い街です。
午前9時にアパートに集合して、一路エデン鉱山跡へと向かいました。
鉱山跡ではトロッコに乗って坑道に入り、銀の採掘跡の見学ができます。
鉱山跡を見学したあと、闘牛場を改装したホテル「キンタ・レアル」で昼食を食べていると、隣で結婚式の披露宴をやっていたので、ついでに着飾った新婦さんの写真を撮らさせてもらいました。
昼食後は市内より50キロほど町外れにあるピラミッドの遺跡へ。
遺跡は高原の小高い丘の上にあって、周辺は朽ちてピラミッドの形を残してはいませんでしたがそれなりに趣のある遺跡です。
ホテルでの昼食に時間をかけたため、見学終了時間まで30分程度しかなく十分にピラミッドを見ることはできませんでしたが、「また来よう」といいながら家路につきました。(980712)

地球の歩き方
メキシコ政府観光局(日本語版)
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少年おやじ投稿日:1998-07-02 Thu

(アグアスカリエンテス)
こちらへ来て4月から週に1回スペイン語を習い始め、今月からは週2回勉強しています。
仕事を早めに切上げ、先生に自宅まで来ていただいてマンツーマンで教えてもらっています。
メキシコ人の先生の名前は「アメリカさん」(笑)
先週は動詞の変化を教えてもらい代表的な動詞二つを習いました。今週の月曜からはこれに形容詞が加わり、覚えなくてはならない動詞と形容詞は全部で18個。
これが全く覚えられない。
もっとも、復習もしないので覚えられるはずもないのですが、いっぺんにやる先生も先生です。
例えば、
Estoy joven.(わたしは若いです)
というのが、男性、女性、単数、複数で形容詞が変化します。先生は覚えの悪いオイラに、自分の教え方が悪いのではと相当悩んだそうです。
「わたしは若くない」
さんざん先生に日本語で怒られ自己嫌悪に陥りました。
今週はまじめに復習しておきましょう。
しかし、なんで金払って怒られなければならないのだ。(98/07/02)
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少年おやじ投稿日:1998-06-07 Sun

メキシコ人家族を自宅に招いてオイラお手製の寿司をごちそうしました。
招待したのはメキシコ人で日本びいきの旦那さんと奥さん、子供二人。そして通訳さん。
メキシコ人の旦那さんは仕事で日本に三度行ったことがあり、その内の一回は長期滞在も経験しています。
彼はオイラが赴任して、メキシコ料理に飽きたころ奥さんの作る日本食を食べさせてくれました。
本当は「やきとり」を食べさせたかったのですが、自宅の庭の畑で作っている「長ネギ」の成長が悪くてのびのびになっていました。
作ったのは「イカの刺身」に鯖とブリの握り。日本から持ち込んだ「すし太郎」で金糸たまごをのせた「ちらし寿司」も作りました。
「とろろ昆布のおすまし」に日本茶も出してやり、4時近くになってみんな満足して帰りました。
握り寿司など生まれて初めて作りましたが、すし飯の味もばっちり決まって美味かったです。(98/06/07)
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少年おやじ投稿日:1998-05-31 Sun

( 入居していたアパート )
大して気にはしていなかったのですが、社宅に入居以来風呂の水が少しずつ漏れるという問題があります。
この社宅に入居してから風呂に入るときは、入る前に新しいお湯を入れ入浴後に全部の水を抜いていました。
水が貴重なメキシコで一人だけ風呂に入ってお湯を抜いてしまうのはもったいないし、また、お湯を入れている時間もかかり、半分だけ水を抜いてお湯を継ぎたして入ろうと思いました。
それには水が抜けてしまうのを直さなければなりません。会社には「servicio」(セルビシオ)という組織があり、ここが会社と社宅の営繕をしてくれます。
セルビシオに直してくれるよう頼んだところ水が漏れるのは直りましたが、逆に水を抜きたくても抜けなくなってしまいました。(笑)
翌日、そのことを担当者に連絡すると、新しい止水栓を買ってきてくれ新品に取り替えてくれました。これで入居以来の問題がひとつ片付いたと喜んだのは束の間、交換した止水栓でも3時間ぐらいたつと40センチほど水が抜けてしまいます。(大笑)
次の日、担当者にその話をすると自分では無理だろうから風呂屋へ連絡します。と、その場で親切に電話をしてくれました。
電話に出た風呂屋の親父は、
「3時間で40センチ水が抜けるのはここでは当たりまえ。」
「????……!!!!」
次の言葉がでてきません。さらに親父がいいました。
「エステ・エス・メヒコ」 ( これがメキシコだ )
なんだよ、くそっ。 (98/05/31)
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少年おやじ投稿日:1998-05-23 Sat

昨日は、日本食店で久しぶりに寿司を食べました。
市内には日本食を食べられる店が三軒あり、その中の一軒が半年に一回寿司の食べ放題をやります。
市内の日系企業に案内のファックスを打ち、大人一人160ペソ (2400円)で食べさせてくれます。
ネタの食材が本当に着くのかどうかマスターも心配していましたが、予定通り入荷され腹一杯食べてきました。スズキの握りが美味かった。
寿司は別の日本食レストランへ行けば普段でも食べられますが、その店はメキシコ人が握っていて生魚の鮮度が分からず、時によってはとんでもないものが出されて腹をこわした人がいるとか。
食べ放題は3日間行われます。
(98/05/23)
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少年おやじ投稿日:1998-05-19 Tue

話題の映画「タイタニック」を観てきました。スペイン語では「チタニック」。
ハリウッドが巨大プールを作成し、この映画を撮影した「FOX Stadios Baja」は当地メキシコにあります。
ショッピングモールの中にある映画館は、料金が17ペソ(250円)。椅子も大きく、その上リクライニング。家族連れはポリバケツに入ったポップコーンに、唐辛子をつけ食べながら観ています。
英語音声のスペイン語字幕では、内容が分からずに絵を見ているだけです。
市内には、ここの他にも映画館が四館あり、中には日本の「ドラゴン・ボール」を上映している所もありました。
今週は、「ゴジラ」(ハリウッド版)を見に行くつもりです。(980519)
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少年おやじ投稿日:1998-05-10 Sun

「母の日」のイベントが会社でありました。会社の玄関前に張ったテントの下で牧師さんと教会の楽団を呼んで、ミサの後みんなで朝食を食べます。
従業員は自分たちの母親を連れて参加します。市内に住んでいる従業員の数は少なくて、そのほとんどが近在の村から会社のバスでやってきます。中には一時間ほどバスに揺られたあと、さらに一時間かけて徒歩で帰宅する人もいるそうです。
牧師さんは日本企業の進出に感謝していると、話の随所でいっていました。ここの工業団地に日本企業が進出する前、遠い人は 15〜6キロの道のりを歩いて勤めにでていたそうです。
作業者 (若い女性が多い)の給料は、日給80ペソ(1200円)の週払い。会社は月給の3倍を払えば勝手に解雇できるという、いってみれば日雇いの境遇です。
ミサのあとマリアッチのバンド演奏があり、食事をしながらみんな楽しく母の日を過ごしました。(980510)
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