・少年おやじの横顔

 少年おやじ

Author: 少年おやじ
性別   男
氏名   有
年齢   有
住所   有
電話   有
血液型 有
家族   有

・目次
・最新記事
・コメント Thanks!

データ取得中...

・記事一覧

全記事表示

・記事検索

・少年おやじのランキング

ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村 オヤジ日記ブログへ にほんブログ村 自転車ブログ 自転車旅行へ ブログランキングへ

・ご意見、ご感想など

お名前
メールアドレス
題名
本文

・amazon

・Counted since 2008

自転車の降り方
山陰山陽 復原街並
 ( 一乗谷朝倉氏遺跡 / 復原街並 )

 奈良を先月末に出発して山陽山陰をめぐり、無事福井に到着しました。

 予定では「ツーリングマップル関西版」が終わる金沢で今回の旅を終わりにしようと思っていましたが、福井から金沢までの距離が長いことや朝晩の寒さと陽の短くなったことなど考え、敦賀市を過ぎたあたりからどこで終わりにしようかずっと考えていました。

 ただ、これから自宅に帰るのには、交通機関の空き状況や自宅への荷物の送達方法、出発時間までの過ごし方など解決しなけばならないことのいくつかがあり、昨日訪れた福井駅の観光案内所で窓口の方にいろいろ尋ねてみました。

山陰山陽 ホワイト学割
 ( 遺跡のホワイト学割はありません )

 まず宿については、
 「8月オープンのビジネスホテルが駅の近くにあり、今なら記念割引朝食付き3,200円でお勧めです」

 何故かできすぎのようにも感じましたが、次に宅急便の営業所が近くにあるのか聞いてみると、
 「駅構内に営業所があります」

 と、こちらもつけ入るスキのない内容。
 次に夜行バスで帰りたいのでバスの出発時間まで居られる宿はないのかと甘えてみると、
 「ホテルの近くに温泉スパがあり、3時間500円の割引券を差し上げます」

 完璧です。(笑)
 温泉施設に駄目まで押されて、これでは金沢まで行ったら途中で何が起こるかわからないからオイラに早く帰れといっているような内容でした。

 最後にバスの空席状況を電話で問い合わせてみると、こちらも直ぐに帰れといわんばかりに空いていました。ははははは。

山陰山陽 一乗谷
 ( 一乗谷 )

 今朝から一乗谷にある朝倉氏遺跡へ行ったあと温泉施設で汗を流し、今、輪行バックに自転車を詰め込んでいます。取り外したサイクルメーターの全走行距離は、1,911Km。

 いつものことですが、ご声援くださいました皆様にはこの場を借りてあつくお礼を申し上げます。(#187220)
山陰山陽 走行地図
                   ( 山陰山陽走行図 )

 Special Thanks
  急な依頼を調べていただいた枯木チャリダーさん
  軽トラで三方五湖の水月湖まで先導してくれたおじさん
  親切な対応とスパの割引券をいただいた福井駅観光案内所の担当者さん


 にほんブログ村「自転車旅行」ランキング >>


中国 おおきく大返し 山陽山陰 | 18:24:16 | Comments(4) | ホーム
越前海岸
山陰山陽 しおかぜライン
 ( しおかぜライン )

 大したことではないのですが、さすがに22日目ともなると朝起きてパッキングやら出発の準備をするのがだんだん面倒くさくなってきます。
 昨日までの走行距離が1,791キロ。尻も痛いし景色にも感動が薄れてきて、そろそろ自宅へ帰りたくなります。

 そんなことを考えながら、だらだらと荷物を片付けていると六時になってしまい、とりあえず今日は福井まで行こう。と自分にいい聞かせて宿を出ました。

 敦賀市内から連続したトンネル二本を抜ける8号線は、朝が早いので交通量も少なく、トンネル内もストレスを感じません。

山陰山陽 越前海岸河野付近
 ( 越前海岸河野付近 )

 敦賀火力発電所を通り過ぎると、左手に敦賀半島がずっと追いかけて来ます。途中から「しおかぜライン」に入り、海岸線が現れる頃には、通る車もほとんどなくなってきました。

 行き交う車のない道で、一人自転車を漕ぎながら絶景を独り占めできることに気分をよくして、ペダルを漕ぎ続けます。

 海はうねりがあって岩に砕けた波が道を濡らし、波しぶきで濡れた路面の所では右に寄って走ります。

山陰山陽 越前町
 ( 越前町 )

 敦賀半島が見えなくなる越前町に入ると、標識に東尋坊の文字が現れ、景色は特異な岩礁地帯になってきます。

 ファミレスで昼食を食べ、416号線で福井駅に着いたのが午後三時。
 サイクルメーターは、93キロ。累計距離は1,884キロを表示していました。

山陰山陽 呼鳥門
 ( 呼鳥門 )


 にほんブログ村「自転車旅行」ランキング >>


中国 おおきく大返し 山陽山陰 | 20:03:00 | Comments(0) | ホーム
敦賀へ
山陰山陽 敦賀半島
 ( 敦賀半島 )

 この半島の先っちょに美浜と敦賀の両原発があり、その真ん中には、1兆円かけて17年間で動いた日がたった二百数十日という高速増殖炉「もんじゅ」が鎮座します。

 「誰だこんなの作ったのは……責任者、出てこい!」

 ここから関峠を越え、気比の松原を経由して敦賀市内へ。

山陰山陽 気比の松原
 ( 気比の松原/ 福井県敦賀市)


 にほんブログ村「自転車旅行」ランキング >>


中国 おおきく大返し 山陽山陰 | 17:59:00 | Comments(0) | ホーム
三方五湖 / 福井県若狭町
山陰山陽 三方五湖
 ( 三方五湖 )

 小浜市の「きざき旅館」を6時半に出発。トンネルの多い海岸線を走る162号線を避け、27号線で三方五湖へ。

 三方五湖をめぐるレインボーラインは、てっきり自転車で走れるものと思っていました。
 三方駅の観光案内所で自転車で走れるかどうか聞くと、有料道路なので自転車では走れないとのこと。代わりにいただいたのが、三方湖と菅湖、水月湖の三湖をまわるレンタサイクル用の地図でした。

 この地図がまたよく出来ていて、地図を見ながら走っていると湖に近づくどころか、逆に湖からどんどん離れて行きます。(笑)

 近くで農作業をしていたおじさんに道を尋ねると、車の後をついて来いといわれ、おじさんの乗った軽トラを先導に田んぼの畦道を走り、水月湖のそばまで案内してくれました。

 湖畔沿いの梅林の道は、不気味なほど静か。ときどき舞い降りる水鳥の音にびっくりします。
 216号線へ出ると、梅を加工した梅干の直売店がいくつもあります。きっと、梅の季節はおおぜいの観光客が来るのでしょう。

 24キロの三湖をまわって三方駅に戻ると、11時を過ぎていました。

山陰山陽 三方五湖石碑
 ( 水月湖 )


 にほんブログ村「自転車旅行」ランキング >>



中国 おおきく大返し 山陽山陰 | 12:05:00 | Comments(0) | ホーム
80歳の日本一周と「きざき旅館」 / 福井県小浜市
山陰山陽 小浜市きざき旅館
 ( きざき旅館 / 小浜市 )

 27号線を離れ小浜駅へ向かいましたが、地図では分かりにくい道でした。

 駅の観光案内所では、受付の女性にここまでの交通手段を聞かれ、自転車で来たことを伝えると、以前、NHKテレビで放送された交通事故で亡くなった老人の話題になりました。

 2007年にNHKの「クローズアップ現代」で放送された80歳の原野亀三郎さん。自転車で日本一周して、自宅を目前にしたトンネル内で大型ダンプカーとの接触事故で亡くなられた方です。

 80歳で日本を一周する気力もさることながら、白いヘルメットがよく似合い、笑顔が魅力的な人でした。原野さんは、亡くなる直前にこの案内所へ立ち寄ったそうです。

 その観光案内所で紹介されたのが「きざき旅館」。
 木崎家18代目が経営する旅館は、桂小五郎 (木戸孝允) の妻幾松 (松子) の生家だそうで、玄関前には小浜市が設けた案内板がありました。

山陰山陽 幾松
 ( 幾松の案内板 )

 部屋に入って旅装を解いていると、ご主人から小浜市特産品の塗り箸と坂本龍馬が描かれた扇子を記念にいただきました。

 今日の走行距離は、98キロ。奈良からここまで1,714キロ。


 にほんブログ村「自転車旅行」ランキング >>


80歳の日本一周 (ある老人の残したメッセージ)
長野県のトンネルで、自転車に乗った老人がトラックにはねられ亡くなった。80歳の原野亀三郎さん。たった1人、1年2ヶ月かけて、日本一周旅行を達成する目前の事故だった。遺族の元には原野さんが旅先で綴った膨大な日記と、2千枚を超える写真が残された。そこから、自転車に重い荷物をくくりつけ、北海道から九州、そして沖縄と、様々な人と出会い、交流を重ねた原野さんの旅路が浮き彫りとなってきた。戦時中、軍に召集され多くの戦友を失い、無意な青春を過ごさざるを得なかった原野さん。旅行中、平和な現代に生きる若者たちにかけがえない人生の意味を伝えようとしていた。死後、全国から、原野さんの言葉を心に刻んでいるという声が次々と寄せられている。日記と証言から、ある老人の生き様とメッセージを伝える。
(NHK「クローズアップ現代」2007年07月26日放送)


中国 おおきく大返し 山陽山陰 | 17:50:00 | Comments(3) | ホーム
行きはよいよい、帰りは怖い / 福井県おおい町
山陰山陽 おおい町総合運動公園
 ( おおい町総合運動公園 / 福井県おおい町 )

 夜中に大きな雨音で目が覚めました。
 折角、波の音で気持ちよく寝入ったのに、雨は波音さえ聞こえないほど降っています。

 こんな雨の中を走りたくないなぁ。と思いながらうつらうつらしていると、次に目が覚めたのが午前六時。

 今日走ろうか、このまま舟屋に停滞しようか。
 考えながら作業場の流し台で顔を洗っていたら宿の主人がおにぎりを持ってきてくれました。

 テレビを見ながら温かいおにぎりを食べ終わる頃には雨も小降りになってきました。

 雨具を着て、七時過ぎに舟屋を出発。今日は、舞鶴を経由して小浜へ向かいます。
 天橋立の松林を抜け、海の水のきれいな栗田湾に沿って走り、舞鶴市からは国道27号線。いわずと知れた原発銀座の中央通り。

 福島原発事故が今もって終息していない現在、事故当時のことを思うと恐ろしさは否めません。さらに、東西に走る道路が27号線だけなのにも拘らず、南へ向かう道も極端に少ないので、有事の際、どこへ逃げたらいいのか不安になってきます。

 れんが倉庫前を通って、東舞鶴駅に着いたのが午後一時。観光案内所に立ち寄り、とりあえず小浜の案内所の電話番号を聞いておきました。

 高浜・大飯原発のある大浦半島、大島半島を左に見て、若狭本郷駅近くの「おおい町総合運動公園」の前を通ったついでに公園内をのぞいて見ました。

 驚くほど立派な公園には、人工芝の野球場から体育館、格技場、照明付きテニスコート、照明付きグラウンド、フィットネスセンターや史料館・図書館・美術館までありました。

 いったい、どれほどの金が注ぎ込まれたのでしょう。


 にほんブログ村「自転車旅行」ランキング >>
 "サマータイム・ブルース / 忌野清志郎" YouTube


 原発立地匿名寄付  (朝日新聞抜粋 2011-11-04)
 「原発銀座」と呼ばれる福井県の自治体に寄せられていた巨額の匿名寄付。原発をもつ電力会社の姿が見え隠れし、福島第一原発の事故後も続いていた。
 小浜湾の一角に「おおい町総合運動公園」はある。人□約8,800人の町の運動公園は、総面積13.6ヘクタール。観客席付き野球場やフィットネスセンター、照明施設完備の人工芝テニスコート、宿泊施設を備える。
 旧大飯町が、大飯原発3・4号機の増設に同意したのは1985年。町は85年度からの10年間に、同公園の埋め立て費や体育施設の建設費として匿名の寄付計45億2千万円を受けた。公園はこれらの寄付に、原発立地周辺自治体に国から支払われる電源三法交付金を加えて造られた。町の担当者は寄付の出どころを明らかにせず「地元の事情を寄付者が理解してくれたと受け止める」。
 公園の記念碑には「3・4号機建設に伴う発生殖土を関西電力の協力を得て埋め立て造成した」とある。関電は「公園への寄付があったかどうかも含めて公表できない」と言う。


中国 おおきく大返し 山陽山陰 | 13:20:00 | Comments(0) | ホーム
伊根の舟屋
山陰山陽 伊根の舟屋
 ( 舟屋 / 京都府伊根町 )

  「満男、お前もいずれ恋をするんだなぁ。あ~、かわいそうに」
  「あ~ぁ、丹後かァ」                       ( 第29作 寅次郎あじさいの恋 )


 今日の宿を映画「男はつらいよ」に出てきた舟屋に決めて、天橋立から伊根町の観光協会に電話すると、素泊まりの舟屋が一軒だけ空いていました。

 天橋立から14キロ走って伊根町に着き、宿の場所を聞こうと観光協会を訪ねると、これがとんでもない山の上。必死にペダルを漕いで坂をのぼった道の駅に併設されていました。

 「民宿は、舟屋の一番奥にあります」

 いただいた地図を見ると、海岸づたいの道が行き止まりになる亀山地区の一番はずれ。宿の名前が、「民宿おくの」。(笑)

 宿に直接行く前に伊根湾を回る遊覧船に乗ろうと来た道を戻り、遊覧船に乗って海上から舟屋を見学していると雨も本格的に降ってきました。

 「民宿おくの」は、道路を挟んだ山側に宿の主人が居住する母屋があり、反対の海側に舟屋があります。

 魚醤の臭いの染みついた薄暗い舟屋の中は、1階に船揚場と物置とトイレ。急な階段をあがった2階に八帖の客間が2部屋ありました。

 夕食を食べて横になり、階下からピチャピチャ波の音が聞こえると、すぐに瞼は重くなり意識がなくなってきました。


 にほんブログ村「自転車旅行」ランキング >>



中国 おおきく大返し 山陽山陰 | 20:22:21 | Comments(0) | ホーム
日本三景天橋立
山陰山陽 天橋立
 ( 傘松公園からの天橋立 )

 昨晩は、豊岡市泊。
 忠臣蔵では、大石内蔵助の妻りくが離縁されて、実家のある但馬豊岡へ帰ったとされていますが、その場所がここ豊岡市とは知りませんでした。

 駅へ向かう道には、パリのエトワール広場を参考に造られたという六叉路のロータリー交差点があります。昔、赴任していたメキシコの街にあったロータリー交差点を思い出し、なつかしさのあまり一回りしてしまいました。(笑)

 朝起きると空はどんより曇っていて、今にも雨が降り出しそう。早々に宿を出発して312号線を走り、天橋立のある宮津市へ。

 比治山トンネルを抜け京丹後市へ入ると、「こじゃれた民家」の点在する里山の景色は、さすが京都。兵庫県から京都府へ入ったことを感じさせます。

 天橋立に到着すると、ポツポツ小雨が降りだしました。

山陰山陽 回施橋1
 ( まわり始める廻施橋 )

 みやげ物屋が立ち並ぶ通りを抜けると、砂州に渡る廻旋橋あります。廻施橋は、日本冶金工業株式会社大江山工場へ積荷を運ぶ船が通るとのこと。

山陰山陽 回施橋2
 ( 船が通り終えると )

 戦時中、近くの大江山には兵器製作に必要なニッケル鉱床があり、大陸からの人や連合軍捕虜を強制労働させたといいます。日本三景の入り口に、暗い歴史があったんですね。

 おまけ……股のぞきをしてみたら
山陰山陽 天橋立股のぞき
 ( 天への架け橋に見えるでしょうか )


 にほんブログ村「自転車旅行」ランキング >>



中国 おおきく大返し 山陽山陰 | 13:02:00 | Comments(0) | ホーム
ドキュメント 城崎まで
山陰山陽 餘部鉄橋
 ( 余部鉄橋 / 兵庫県香美町 )

 夜明けを待って、諸寄ユースホステルを出発。

 昨夜の天気予報では、今晩から天気が崩れるらしく、明日と明後日は雨との予報がでていました。予定では、城崎温泉を経由して丹後半島をまわって天橋立へ行く計画でいましたが、雨の中では景色も良くないだろうと、城崎温泉から豊岡を経由して天橋立まで行くことにしました。

 今までに日本各地を走って思うのは、有名観光地や景勝地よりも、むしろアクシデントやトラブルのあった場所の方が鮮明に記憶に残っています。今回、余部鉄橋から走った道も崖崩れによる通行止めというアクシデントがあったので、記憶に残る一つになるやもしれません。

 7:40 14km 余部鉄橋
 諸寄の集落を過ぎると、道は海を離れて山間部に入り、小一時間ほどで余部鉄橋が見えてきます。山に突き刺さるように昨年架け替えられた新しい橋梁のそばには、古い鉄橋の一部が保存されています。余部鉄橋から香住駅までの道は、いつもの「ごきぶりホイホイロード」。一生懸命ペダルを漕いでも、自転車は容易に前に進んでくれません。

 9:45 30km 今子浦付近
 香住駅をすぎて海側の県道11号線をしばらく走ると、パイプでできた柵があり、崖崩れによる通行止めの看板が立っていました。柵は道の全部を塞いでいるのではなく、車が通れるぐらい開いています。

 通行止めでも自転車ぐらいは通れるだろう。無理なら引き返せばいい。と思いながら看板を無視して進みました。山道を登っていると、白いミニバンが追い越して行きます。通行止めなのに車が通るということは、工事も終わっているのでしょうか。

 とにかく崖崩れの場所まで行こうとペダルを漕ぎますが、崩れた現場は現れずだんだん不安になってきました。

 10:20 35km 安木付近
 何度もカーブを曲がって、引き返すのも嫌になるくらいな所まで来てしまいました。
 この先が通れなければ、香住まで戻って山側を行く国道178号線 (香住道路) がありますが、自動車専用なので自転車では通れません。

 自転車で豊岡まで行くには、県道4号で南へ大きく迂回して、山の中を100キロほど走らなければなりませんが、時間もかかるし遠回りすぎます。

 もしも工事をしていて、工事関係者が通してくれなかったらどうしよう?

 丁寧に頼んで拝み倒そうか。それでもダメなら泣き落とそうか。それでもウンといわなければ、土木事務所に連絡するといって開き直ってしまおう。最後の手段は、崖から飛び降りるといって脅かすきりないだろう。いや、開き直るのは最後のほうがいいだろう。などと、引き返すのが嫌なあまりあれこれ考えながら走っていました。(笑)

山陰山陽 通行止め
 ( 通行止め工事現場を通過 )

 10:30 37km 相谷付近
 カーブを曲がると工事現場が見えてきました。崖の崩れた道は、20メートルぐらい土砂で覆われていて、ホイールローダが整地していました。

 現場には作業者が三人いて、中の一人は、何で来たんだとでもいいたげな顔をしています。
 揉み手をせんばかりに通してくれるよう頼み込むと、作業者の一人がうなずいてホイールローダを移動させてくれました。(ホッ)

 礼をいって自転車を肩に担ぎ、気の変わらないうちに土砂だらけの道を急いで通りました。

 11:15 42km 浜須井
 工事現場を通り抜けると、道は長い下り坂。眼下には海が開け、海岸線が現れます。
 心配していた場所を通過できたことにほっとすると、急に腹が減ってきました。

山陰山陽 浜須井海水浴場
 ( 兵庫県香美町香住 )

鋳物師戻峠~城崎温泉~豊岡
 竹野町で昼食を食べ、その昔、鋳物師が城崎での仕事帰りに大きな岩に驚いて、城崎に逃げ帰ったという鋳物師戻峠 (いもじもどしとうげ) へ向かいます。

 竹野町からの峠道は、思っていたほどきつい勾配ではありませんでしたが、むしろ反対に城崎温泉側からの登りの方が距離も長くてこちらは辛そう。

 峠からのダウンヒルを一気に下り、城崎温泉を経由して豊岡駅に着くと、メーターは66キロを表示していました。

山陰山陽 鋳物師戻峠
 ( 鋳物師戻峠 )


 にほんブログ村「自転車旅行」ランキング >>

中国 おおきく大返し 山陽山陰 | 18:34:00 | Comments(0) | ホーム
鳥取砂丘と諸寄荘ユースホステル
山陰山陽 居組
 ( 新温泉町居組 / 兵庫県 )

 砂丘といわれて砂漠をイメージしてしまいますが、やっばり鳥取砂丘は、その名の通り「砂丘」です。(笑)

 東西16キロに広がるっていったって、砂丘センターの展望台から見れば、端から端まで一望できてしまい、イメージしていたものとは大きく異なり失望を隠せません。

 今までラクダのいる鳥取砂丘を映像などで見ていたため、砂漠をイメージしていた非はオイラにあるのですが、ついに「日本4大がっかり」を見てしまいました。(笑)

 砂丘センターの大食堂で朝食ともいえない遅い食事を取り、国道に向かわずに海側の道を走ると、青い海に白浜と真っ直ぐ伸びる道が続いています。

 天気も良くて、車のない直線道路は叫びたくなるほど気分がいい。昨日、消耗しながら山の中を走っていたのが嘘のような景色です。

 こんな景色に出会えると、いままでの嫌なことも忘れまだ旅を続けようと思ってきます。

山陰山陽 2204
 ( 新温泉町 / 兵庫県 )

 日本海の景色を見ながら海岸線を走り、新温泉町についたのが午後三時。思えば山陰の景色の中で、今日が一番すばらしかった気がします。
 
 連絡してあった諸寄ユースホステルは、道を聞かないと分からないような漁村の中にありました。その晩食べた久しぶりの家庭料理は美味しくて、特に魚の煮付けは絶品でした。

 にほんブログ村「自転車旅行」ランキング >>



中国 おおきく大返し 山陽山陰 | 20:00:00 | Comments(2) | ホーム
大阪屋旅館 / 倉吉市
山陰山陽 大阪屋
  ( 大阪屋旅館 / 倉吉市 )

 陽は西に傾き、夕方の5時近くになっても山の中を走っていました。

 境港で見た標識は、鳥取までが約100キロ。今日、鳥取までは到底行けそうにありません。
 倉吉あたりで日が暮れてしまうと思うのですが、はたして倉吉は、宿泊施設も十分な大きな街なのでしょうか……。

 本来なら9号線をさらに20キロぐらい走って、国道を右折すれば迷子にならずに済んだのですが、途中、倉吉へ行く県道の標識があったので、近道ができると思い地図で十分確認しないまま交差点を曲がってしまいました。

 走るにしたがって道幅が狭くなり、住宅地を抜けて田畑が見えると起伏の多い山道になってきました。

 数日前からギアが上手く入らないので、境港駅近くのホームセンターに立ち寄ってクリーナーを買い求め、駐車場でチェーンとスプロケットについた泥と汚れを落としたにもかかわらず、力を入れてペダルを漕いで変速すると、チェーンが脱落してしまいます。

 何度も交差点を通過して、うねった道を曲がっていたら自分がどの方角に走っているのか分からなくなってしまいました。

山陰山陽 地図 倉吉へ 暗くなる前に倉吉に着きたいと、気ばかり焦っているのですが、こんな時ほど標識や道を尋ねる人も見かけません。

 陽が山に隠れてしまうとだんだん寒くなってきて、心細くなってきます。

 何処をどう走ったのかも分からないまま、辺りが薄暗くなった6時近くになって、やっと市街地に出ることができました。

 松江から110キロ走って着いた宿は、民芸調の大阪屋旅館。

 素泊まり3,300円の宿は、なかなかどうしていい雰囲気の旅館でした。


 にほんブログ村「自転車旅行」ランキング >>



中国 おおきく大返し 山陽山陰 | 20:02:44 | Comments(0) | ホーム
水木しげるロード / 松江国際観光案内所
山陰山陽 水木しげるロード
 ( 水木しげるロード / 境港市 )

 昨日の夕方飛び込んだ松江の「国際観光案内所」は、松江駅の北口にあります。
 受付の女性に宿の紹介を頼むと、料金から風呂の有無、駅からの距離にコンビニの場所までこちらの知りたいことの全てを分かりやすく説明してくれ、その機敏な対応に感動すら覚えました。

 この案内所は、1日平均300~400人の来場者があり、スタッフ全員英語ができて、中には韓国語も話せる人もいるとのこと。さすが「国際」の名に恥じません。

 朝、案内所で紹介されたビジネスホテル「レークイン」で目が覚めたのが午前5時。
 窓から見える松江の街は、明るくなるにはまだ早く、車もライトを点けたまま走っています。部屋に広げた荷物を整理しながら外が明るくなるのを待って、ホテルを出発。松江城を経由して、境港へ向かいました。

山陰山陽 地図 松江境港 境港へ行く途中、大根島 (だいこんじま)を見てみたくなり、260号線に乗り換えます。

 大根島へ渡る干拓用の護岸道路は、霧が濃く、景色もよく見えなかったのですが、島に渡ると霧も晴れ、起伏のある丘には何軒もの牡丹園がありました。

 大根島から江島へ渡り、周りの景色が工業団地に変わると、目の前にすごい高さの江島大橋が現れます。

 橋は、水面からの高さが45メートルもあるという見るからにジェットコースター。傾斜もさることながら、歩道が狭い上に欄干が低く、自転車に乗ったままでは下に転げ落ちてしまいそう。

 午前10時、水木しげるロードのある境港の駅に着きました。
 
山陰山陽 江島大橋
 ( 江島大橋 / 松江市八束町 )

 にほんブログ村「自転車旅行」ランキング >>



中国 おおきく大返し 山陽山陰 | 11:02:44 | Comments(0) | ホーム
出雲駅伝 / 出雲大社
山陰山陽 出雲大社
 ( 出雲大社 / 島根県出雲市 )

 奈良を出発して16日。走行距離は1,200キロを越えました。
 紀伊半島を去年走ったときのような指先のシビレこそありませんが、しばらく前から尻は痛いし、宿探しもだんだん面倒になり、毎日自転車を漕ぐのも飽きてきました。ギアやチェーンの埃と汚れも走った分だけ目立つようになり、ギアも入りが悪くなってきています。

 仁摩から走って、出雲大社に着いたのが午前10時。
 宇迦橋の大鳥居から出雲大社までの沿道は、学校名を染めたのぼり旗が立ち並び、テレビの中継車も来ています。

 大学駅伝の開催が今日とも知らずに出雲大社に来てしまい、一瞬、得した気分になったものの、よくよく考えると交通規制で動けなくなるかもしれない。そう思うと、急に不安になってきて、急いで出雲大社を参拝して早く市内を抜け出そうと、宍道湖の北側を走る431号線で松江に向かいました。

 駅伝のコースを知らないで走っていましたが、前に進むほど沿道の人垣と警察官の数は増え、交通規制の看板も増えています。立哨している警官は、何かいいたげにオイラの姿を目で追っています。たぶん、この道が駅伝コースになっていて、スタートの時刻も迫ってきたのでしょう。

 駅伝のランナーに追いかけられている光景が脳裏に浮かび、自転車を漕ぐ姿が全国放送で生中継されては恥ずかしい。規制がなくなる折り返し地点へ行こうと、必死にペダルを回します。(笑)

山陰山陽 出雲駅伝
 ( 出雲大社大鳥居 / 島根県出雲市 )

 しばらく走ると、民家の軒先に駅伝のポスターが張ってあります。コースを見ると、駅伝は折り返しではなく、この先で大きく回る周回コースになっています。さらに、オイラと同じ松江方向に向かって走るのではなく、逆にこちらに向かってくるコース。

 このまま行くとランナーと鉢合わせになり、必ず警察官に止められてしまうでしょう。
 脇見もせずに一生懸命走っていると、やがて沿道の人も警察官もいなくなり、いつのまにか駅伝コースを外れていました。

 のんびり宍道湖を見ながら走る予定が、疲れきって91キロ走ったところで、松江の宍道湖大橋が見えてきました。


 にほんブログ村「自転車旅行」ランキング >>



中国 おおきく大返し 山陽山陰 | 18:29:18 | Comments(0) | ホーム
世界遺産石見銀山
山陰山陽 石見銀山代官所跡
 ( 石見銀山 / 島根県大田市 )

 江津市から温泉の湧く港 (津) の意味を持つ温泉津 (ゆのつ) を通って、内陸に少し入ると世界遺産「石見銀山遺跡」があります。

 石見銀山へは、仁摩から入る方法と、その先の大田市内から入る二つのコースがありますが、事前に調べてこなかったため、仁摩から銀山を経由して大田市内へ行こうか、それとも仁摩から銀山へ行ってまた仁摩へ戻ろうか、と昨日から悩んでいました。

 山の中のため自転車でどのくらい時間がかかるのか分からず、最悪はバスの利用も考えて、とりあえず仁万駅で情報を得ようと駅へ向かいました。

山陰山陽 石見銀山
 ( 石見銀山 / 島根県大田市 )

 仁万駅は観光用のパンフレットが置いてあるだけの小さな駅で、客待ちをしていたタクシーの運転手さんに話を聞きました。

 運転手さんによると、仁摩から銀山までは10キロもなく、道もたいしたことはないらしい。仁摩には、民宿と城福寺ユースハウスがあるが、大田市内にはホテルが数軒あるとのこと。

 城福寺ユースハウスは、2008年までユースホステルだったのですが、協会を脱会して、今はユースハウスとして営業しています。

 城福寺ユースハウスに電話すると、仁万駅まで荷物を取りに来てくれるとのこと。駅からユースハウスまでの移動手段のないお客さんには、送迎もしてくれるらしい。

 荷物を取りに来てくれた車に、リヤバックを載せ、空身で銀山へと向かいました。

 世界遺産センターは、日曜日ということもあって駐車場はすでに満杯。道路には、数キロ車が並んでいます。

 石見銀山は、人と自然が共生しながら銀の生産をしたことが、世界遺産に登録された理由なのだそうですが、当時の面影を残す大森の町並みを歩いても、華やかしさには程遠く、侘しいたたずまいの家が並んでいて、裏を返せば、それだけ時の権力者による銀の収奪は激しく、労働も過酷だったのでしょう。

山陰山陽 城福寺
 ( 城福寺ユースハウス / 島根県大田市 )

 城福寺ユースハウスは、自転車に乗ったままでは行けないような坂を登ったところにありました。これならやっぱり、荷物を取りに来るというでしょう。と、妙に納得。


 にほんブログ村「自転車旅行」ランキング >>



中国 おおきく大返し 山陽山陰 | 17:40:18 | Comments(0) | ホーム
日本一周人 / 江津東ウインドファーム
山陰山陽 江津市風車
 ( 江津東ウインドファーム風力発電所 / 島根県江津市 )

 非日常に憧れて旅に出たものの、ひとたびトラブルがあると日常に戻りたくなるのは、やっぱり軟弱なんでしょうね。

 奈良を出てから14日間走り続けて浜田市まで来ましたが、昨日が今までで一番つらい日でした。下関で新幹線に乗って自宅に帰っていれば、腹痛などもなかっただろう。と悔やみながらペダルを漕いでいます。

 昨晩は、夕食にヨーグルトを食べて寝てしまい、夜中に寝汗をかいたら体調はいくらか楽になっていました。

 7時に浜田市の宿を出発。昨日の朝から固形物を口にしていないので、ペダルを漕ぐのも力が入りません。

 山陰に入ってから海に注ぐ川の水は、どの川も透き通っていて驚くほど綺麗。水を飲むのを控えているので、橋の上から見える川の水が飲みたくなってきます。

 江津市内を過ぎて浅利の海水浴場が近づくと、目の前には風車の立つ海岸線が広がります。景色がいいので休憩しながら写真を撮っていると、自転車に日本一周のプレートをつけた旅行者に話しかけられました。

山陰山陽 日本一周佐藤さん  64才の佐藤さんは、7月1日に自宅のある新潟を北に向かって出発し、テント泊で日本一周。100日目にして、自宅がもうすぐ近いとのこと。身体は真っ黒に日焼けしていて、とても年齢には見えません。

 一昨日は津和野で宿泊したそうですが、夏服しか持ってこなかったため、オイラ同様に体調を崩してしまった、とのこと。
   ( 日本一周中の佐藤氏 )             日本一周のプレートは、いろいろな所で御利益があったそうで、中にはプレートを見て、家に泊めてくれた見ず知らずの人もいた。といっていました。

 お互いの健闘を祈り、名刺交換して別れました。

(後日談)
 その後、佐藤さんからの連絡によると、117日間をかけ走行距離11,500キロを走り日本一周。10月17日に無事ご自宅へ帰還されたとのこと。
 来年は、逆周りの日本一周を計画したところ奥様の許可がもらえず、マラソン・トライアスロン歴21年の経験を生かして全国のスポーツ大会出場を計画中だそうです。( 尚、写真と記事については、ご本人から掲載許諾をいただきました。 )

 にほんブログ村「自転車旅行」ランキング >>
 "When I'm Sixty-Four / The Beatles" YouTube



中国 おおきく大返し 山陽山陰 | 12:40:00 | Comments(2) | ホーム
七転八倒、霧の津和野
山陰山陽 津和野
 ( 霧の津和野 )

 津和野は、とんでもなく寒かった。

 日が落ちる前に津和野の街を散策し、近くのスーパーで夕食を買い求め宿へと向かいました。

 山陰の小京都といわれてはいるものの、津和野の街は活気がなくて、殿街通りの歴史的街並みは倉敷や萩と比べて見劣りがします。

 観光案内所で紹介された「駅前ビジネスホテルつわの」は、低料金ながら建物も新しく部屋も綺麗。こういうホテルに巡り合うと、それだけで気分が良くなります。(後日、ネットを覗いたら口コミの評価も高かった)

 風呂に入って食事をすると、どっと疲れがでてきてベッドに横になるとすぐに寝てしまいました。

 明け方近くに腹が痛くて目が覚めると、身体に掛けたはずの布団は床の上にずり落ちていて、起き上がるのも苦痛なほどだるさを感じます。

 身体は完全に冷えきっていて、吐き気もあります。部屋の暖房を入れ、キリキリ痛む腹にバスタオルを巻きつけ、眠れないまま朝まで布団に包まっていました。

 携帯の目覚ましで起きだし、重ね着した上着に雨具もつけてホテルを出たら、外は深い霧に包まれていました。街の東側を走る山陰道 (国道9号線) へ出ても、霧が深すぎて先がよく見えません。

 手の指先は寒さで感覚がなくなり、足の先は凍りつきそうなほど冷たく、そのうち鼻水も出てきます。向かい風が吹いてくると、その場にかがみこみたくなるほど腹が痛みます。

 こんな山の中で動けなくなったらどうしよう。

 道はずっと下り坂なのに、風を切って走らないようブレーキは握りっぱなし。陽が昇ってきても、山の陰で陽射しは届かず、なかなか暖かくなりません。

 陰が途切れた僅かばかりの陽だまりを見つけると、自転車を降りて身体を温めました。

 津和野から益田まで30キロある長い下り坂を、ペダルも踏まずにずっとブレーキをかけたままゆっくり走り、陽だまりを見つけると日向ぼっこ。

 午後になると、天気は一転して暑いくらい。しかし、体調は依然としてよくならず悪いまま。目的地の浜田市までが遠く感じられます。

 喉が渇いても水を口にすることもできず、80キロの距離を朝から何も食べずに走り、どこを走ったのかも分からないまま、フラフラな状態で浜田に到着しました。

山陰山陽 ゆうひパーク三隅 浜田市
  ( ゆうひパーク三隅 / 浜田市三隅町 )


 にほんブログ村「自転車旅行」ランキング >>
 "Here Comes The Sun / George Harrison" YouTube



中国 おおきく大返し 山陽山陰 | 16:56:49 | Comments(0) | ホーム
萩から津和野へ
山陰山陽 松下村塾
 ( 松下村塾 / 山口県萩市 )

 昨日は、金子みすゞ記念館に立ち寄って、長門市駅前の宿に着いて走行距離を見てみると、91キロを表示していました。長門市でも三種目の国体競技が開催されていて、市内の宿泊施設は厳しい状態が続いています。

 今日が金曜日で、土、日を挟んで月曜日が体育の日。
 今日中になんとしてでも津和野まで行かないと、明日の土曜日が津和野では、宿が取れるかどうか心配です。

 朝、目が覚めると、長門の朝は気持ちがいいくらいに晴れていました。
 萩へ向かう191号線は、地図を見るとトンネルだらけ。トンネルのない海岸線を走ろうと、三隅付近で64号線へ向かう脇道に入ったら、道が分からなくなってしまいました。

 赤信号で停まった車の女性運転手に道を尋ねると、わざわざ車を降りてきて丁寧に教えてくれます。

山陰山陽 長門市

 萩に着いたのは10時前。
 観光マップをもらいに駅の観光案内所へ行くと、和服の女性職員さんにぜひ城下町エリアを見ていってくれといわれました。

 教えていただいた城下町エリアを散策したあと松下村塾へ立ち寄って、津和野に向かいます。

 津和野に向かう県道11号は、急坂こそないものの、所どころが路面抵抗の大きなごきぶりホイホイロード。カーブになった所では、舗装に黒い石も埋め込まれていて、自転車はなかなか前に進めません。

 道の駅「うり坊の郷」から島根県に入ると、緩やかなダウンヒル。92キロ走って、津和野に五時に到着しました。

山陰山陽 うり坊の郷


 にほんブログ村「自転車旅行」ランキング >>
 (2011-10-07 20:13:15)



中国 おおきく大返し 山陽山陰 | 20:13:15 | Comments(0) | ホーム
金子みすゞ記念館 / 長門市
山陰山陽 下関市豊北町
 (下関市豊北町 / 山口県)

 朝まだ暗いうちに下関を出発しました。

 長門市へ向かう191号線は、陽が昇るにつれてだんだん暑くなり、上着一枚でも汗ばんできます。昨日が一日中雨だっただけに、天気がいいのは実にありがたい。

 長い海岸線のそばを走る道は、山陽側と比べ車も少なく走りやすいのですが、山陰に入ったとたんにこんなに交通量が違うものかと驚きます。

 並行しながら走っていた山陰本線と離れる長門二見駅が近づくと、海の青さも増してきて気分も上々。反対に海を眺めながら漕ぐ自転車のスピードは、がぐんと落ちてしまいます。

 長門古市駅から回り込んだ66号線は、オイラが名付けた「ごきぶりホイホイロード」。

 タイヤに粘りつくような路面は、ギアを軽くしてもホイホイ走れず、前に進むのに一苦労。降雪地方に多いこの道は、舗装材料によるものなのか下り坂でもペダルを漕がないと前に進みません。

 努力が報われないような道で、這いつくばって自転車を漕いでいると、自分がだんだんごきぶりに思えてきます。

山陰山陽 金子みすゞ記念館
 ( 金子みすゞ記念館 / 山口県長門市 )

 長門市駅前を通過して、海岸線に沿って走り、仙崎駅近くにある「金子みすゞ記念館」に立ち寄りました。

 大震災を境にテレビで繰り返し放送された詩は、日本中知らない人はいないのでは。

 初めのうち感動した詩も、繰り返されるにしたがって批判も出てきて、放送中止になってしまいました。今でもこの詩を聞くと、あの時の不安と恐怖が思い出され、聞きたくない詩の一つになってしまったのは残念です。

 こだまでしょうか。

 にほんブログ村「自転車旅行」ランキング >>



中国 おおきく大返し 山陽山陰 | 19:32:20 | Comments(5) | ホーム
九州散歩そして中国大返し
山陰山陽 下関関門トンネル
 ( 関門トンネル人道 )
 
 奈良を出てから850キロ。11日目にして下関に着きました。

 昨年5月、九州一周 した時に夜行バスで通った関門橋が見える「みもすそ川公園」で休憩すると、当時、バスの中で期待と不安をかかえながら興奮していた時のことを思い出します。

 ここまで来たついでに九州まで行ってみようと、関門トンネルを歩いてみることに。

 関門トンネルは、2階部分を車が走り、人はエレベーターで下りた1階部分のトンネルを780メートル歩くと門司側に出られます。

 公園そばの人道入口に置いてある料金箱に自転車の通行料20円を入れ、トンネル内に下りると、ウォーキングやジョギングをしている人がいます。外の天気が小雨まじりの空模様なので、地元の人にとっては、丁度いい散歩コースなのでしょう。

 トンネル内は自転車に乗ったまま走ると放送で注意されるらしく、自転車を降りて歩き、門司側へ出たあと、また下関へ戻りました。
 観光客の通過儀礼、成人式のようなものでしょうか。(笑)

 いよいよ、中国大返し。明日から山陰道を東へ向かいます。

山陰山陽 地図 関門トンネル
 
 "Memphis Underground / Herbie Mann" YouTube
 にほんブログ村「自転車旅行」ランキング >>



中国 おおきく大返し 山陽山陰 | 17:16:16 | Comments(2) | ホーム
下関へ
山陰山陽 下関長州砲台
 ( 長州砲のレプリカ / 下関市みもすそ川公園)

 一昨日宿泊した岩国では、国体の開催で宿の予約がなかなか取れませんでしたが、昨日、80キロ走って着いた防府でも同じように苦労しました。

 防府市で開催される国体競技は四種目。観光案内所から12軒の旅館とホテルに電話して、空いていたのがたった3軒。オイラが選ぶような素泊まりの安い宿までが満室になっていて、案内所の係りの人も恐縮していました。

 国体といえば県の代表なんだから、も少し高い宿に宿泊すればと思うのですが、地方都市での開催は宿泊施設が少ないのか、県からの予算が少ないのか、どちらなんでしょう。

 今回は、旅の終わりを姫路、広島、下関と新幹線停車駅のいくつかを考え、状況しだいで山陰へも行ってみたいと思っていましたが、これでは先が思いやられそう。

 防府を出発したときから、下関で終わりにしようか。と、走りながらそればかりを考えています。

 雨の中の2号線は、道は狭いし大型トラックも多く、気を抜くこともできなければ痛いお尻の尻抜きもできません。(笑)


 にほんブログ村「自転車旅行」ランキング >>



中国 おおきく大返し 山陽山陰 | 13:30:19 | Comments(3) | ホーム
次のページ
PAGE UP △△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△ ホーム